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これは二十年も前の物語である。
ディア
 「アルケイデス、今日はですぎた真似をしてごめんなさい。あのバイオロイドはポセイドンに返すわ」
アルケイデス
「ディア。彼はもう僕の友人であり、大切なパートナーのひとりだ。彼を物のように扱うのはやめてほしい」
ディア
「ごめんなさい。でもバイオロイドがヒトと同じだなんて感覚、私には、まだ……」
アルケイデス
「徐々になれていけばいいことさ。あのコンパスのこと、覚えてるかい?」
ディア
「ヒトもバイオロイドも、サイボーグもロボットも、同じ方向を向いて歩いていける世界を目指す……」
アルケイデス
「そうさ。そこに至る航海はまだはじまったばかりなんだ。いくつもの困難が待ち受けているだろうからね」
ディア
「例えば、ヘラクレスの十二の功罪のような?」
アルケイデス
「嫉妬の女神と言われるヘラの恨みを買ったゼウスと人間の間に生まれたヘラクレス……、その名を受ける前は僕と同じアルケイデスと呼ばれていた、か」
ディア
「本来であれば王となってもおかしくないヘラクレスが、ティリュンスの王エウリュステウスに十二年間も奉仕して、命じられるままに十の仕事を成し遂げていくというエピソードよ」
アルケイデス
「第一の功罪は、ネメアーに棲む矢を通さぬ毛皮を持つ不死身の獅子から、その毛皮を持ってくることを命じられた。ヘラクレスは、ふたつの入り口のある洞窟の片方を塞いで獅子の後を追いかけ絞め殺し、それを成し遂げた
ディア
「第二の仕事はレルネーに棲む毒持つヒュドラを退治すること。けれどヒュドラは9つの頭を持ち、そのうちひとつが不死だった。ヘラクレスは戦車に乗り、イオラーオスを御者にヒュドラと戦った。ヒュドラの頭は棍棒で殴ると、ひとつのところからふたつの頭が生えてくるという、不死の恐ろしさでヘラクレスを苦しめた」
アルケイデス
「けれどヘラクレスはイオラーオスに助けを求めると、イオラーオスは燃え木でヒュドラの首の傷を焼いて頭が生えてくるのを止めた。そしてヘラクレスはヒュドラに止めを刺すことができたという」
ディア
「人に助けられたということで、条件がふたつ増やされたのよね」
アルケイデス
「そうだ。だがヘラクレスはくじけなかった。ケリュネイアの鹿、エリュマントスの猪、アウエギアースの家畜小屋、そしてステュムパリデス」
ディア
「ステュムパリデスは、私達が作っている外宇宙探査用ランドメイトの名前ね」
アルケイデス
「青銅の鳥と呼ばれる軍神アレスが飼っていた鳥だ。宇宙を切り拓くために勇ましい名をつけたのさ」
ディア
「人に害をなさないかしら?」
アルケイデス
「そのときはヘラクレスが退治してくれるだろうさ」
ディア
「それはあなた?」
アルケイデス
「いや……。俺は英雄じゃない。ヘラクレスのように、人食い馬を退治したり、地獄の番犬ケルベロスをなつかせるなどできない」
ディア
「それでも、人の未来の先にあるであろう、黄金のリンゴの実をみつけたいのでしょう? だから英雄と呼ばれているのではなくて?」
アルケイデス
「ヒトが造り出す技術は、そうした未来を手にするための道を示すものだ。今、アルゴノーツがそうした技術者たちとともに、ヒトに新たな未来を示せるのであれば、英雄の名を騙るのも仕方のないことさ。ただここに、本当の自分を知ってくれる愛すべきヒトがいるのであれば、だが」
ディア
「アルケイデス……」
×     ×     ×
レオン
「……記憶が混濁しているようだな」
ディア
「!?」
レオン
「脳の増量は終わった。あとは君次第だ。ディアネイラ」
ディア
「……」
レオン
「どうした?」
ディア
「……飛び出していったはずの夢が、まだ函の中に残されていたわ」
レオン
「ディア。今の君はポセイドンの英雄だ。君がすべきことはただひとつ。わかっているだろう?」
ディア
「ええ。私に残されているのは、希望ではなくて、暗澹たる未来。復讐の炎に包まれるバイオロイドたちの姿だけ……。プロフェッサー・レオン、ランドメイトの準備と、特使の情報を」
レオン
「ぬかりはない。では現地で会おう」
ディア
「……アルケイデス。もうあなたはいない。だからこそ、あなたの名を騙る英雄はいてはならない……。私が愛していたのはあなただけ……。だから……」